商品企画事始め
超音波美顔器事件
タイ工場を開く
健康科学研究所
経営戦略、市場戦略を構築し、運用して企業に繁栄をもたらすには、
さまざまな問題解決を図らねばなならない。
その際、重要なのは経営戦略として守らねばならない基本原則を踏まえて判断を行なうこと、
および成果を呼び込むための叡智を駆使することである。
本項に述べる過去の経験が何らかの有効なヒントを提供できれば幸いである。
当初、この商品は通信販売商品として市場に登場した。

 一般にカタログや新聞や雑誌広告を武器に通信販売を行なう商品は商品原価に多額の広告宣伝費を折込み、詳しく商品の機能や有効性、或いは使用者のコメントなどを新聞の1ページ広告などを行なって、大々的に打ち出す。

 当時、こうした通信販売機器では”ぶら下がり式健康機”や”室内ランニング機”などというものも発売され、ブームを呼んでいた。そうした市場の環境も手伝って”超音波美顔器”は大きな反響を呼び、その活況を見て追随するメーカーがあとを絶たず、終いにはM電工を除く殆どの大手電気メーカーから類似商品が発売され、量販店店頭を大いに賑わす状況となった。

私はM電工の担当事業部に属し、商品企画課長をしていた。新商品開発の責任者である。”超音波美顔器”は美容器具であるから、トップメーカーとしては当然この市場動向に対処し、この売れっ子商品を発売しなければならないところであるが、私はこの商品が本当に価値効用が宣伝文句の通り得られるものかどうか直感的に疑問を抱くと同時に、ブームも一時的にしか続かないと判断し、自社での科学的評価が明確にならない限り、開発も発売もしないことにした。
超音波美顔器
連日、3大新聞は通信販売広告を掲載し、需要を煽った。
 営業第一線からは、自社テリトリーの商品であり、飛ぶように売れている商品を事業部はなぜ開発しないのか、という叱咤の声や事業部は市場に背を向けている、独断的だなどと、社内は上から下まで批判や非難を浴びせた。
 やがて全社の幹部が一堂に集まる全社会議の問題としてこれが取り上げられ、当時の事業部長が釈明を求められたが、「この商品は今は評判になっているが、効果に疑わしいところがあり、決心を決めかねている。しかし実のところ うちの事業部には私よりエライ者が居て、私がいくら言っても言うことを聞いてくれないのです。」と漏らしたため、満座の失笑を買ったという。
このエライ人とは他でもない一課長に過ぎなかった私のことだ。超音波美顔器が市場を賑わしている間、私は唯一人、針むしろに座らされているような誠につらい孤独感を味わっていた。

 やがて、ブームも頂点に達したかと思われた1979年9月、多くのユーザーから苦情を受けた消費者センターによって、この商品は全く効能効果がない、広告は不当表示にあたると発表され、一斉に各紙がこれを報じたので、その日を境に、全国の量販店、電気店は一斉に商品を店頭から撤去し、メーカーに一斉に返品したので、専業メーカーは死蔵在庫を何百万台も抱えて倒産した。
 この商品に火をつけたC工業は勿論、M電器産業以下大手電機メーカーの多くも何十億円という損害を被った。
 業界でこの美顔器を作らなかったのは美容器具トップメーカーのM電工ただ1社であった。
 M電工は別方式のスチーム&シャワーを用いた「モイスチャーム」という美顔器は発売した。これは全く超音波美顔器と異なる機構原理のもので、この騒動には巻き込まれず、全く死蔵在庫を起さず、損害も皆無であった。
 
 後日、当の事業部長曰く、「君のお陰で、うちは大きな損害を蒙らずに済んだ。」と何度も酒の席で私に述懐し、初めて私の判断を認めてくれた。 
 
 損害を蒙ったのは関係メーカーのみではない。下請け工場は勿論のこと、電気店、量販店も在庫処分費など甚大な被害を蒙った。全国の量販店、電気店に迷惑を掛けなかった唯一のメーカーM電工に対する信頼は急速に高まり、以後、美容器具は電工、というブランドイメージが確立した。またそれと同時にM電工の出す新製品は間違いがない、との評価も固まった。M電工はこの時を境に、名実ともに家電業界における美容、健康機器分野のリーディングカンパニーとしての確固たる位置づけをものにしたのである。
 
 私の判断は幸いに公の発表により正しいことが証明され、名誉を挽回した。
しかし、私はM電工は単に売れるだけでなく、真に効果をもたらす、科学的に立証できる商品以外は作らない、という社是に近い故・丹羽正治氏(会長)の教えを守ったに過ぎない。多分このことがなければ、一課長の私が、ここまで頑張ることは出来なかった。
 
 近頃、コンプライアンスの欠如としか言いようの無い事件が頻発し、社会問題になっているが、かっての企業経営者は企業の永続的繁栄を究極の経営目的とし、それにはコンプライアンスの範たる企業体の形成と維持を最重要手段に掲げてその徹底を図ったものである。今日、”日本的経営”は旧弊を意味する用語として語られるが、”のれん第一”の考え方を重んじたかっての伝統的企業経営。それはまさしく企業コンプライアンス重視の経営であったのだ。

 蛇足ながら、上段のかの広告、これによって、マスコミも相当荒稼ぎをしたのだが、こういう広告を掲載して、お咎めを受けた新聞社、雑誌社、TVは一社も無かった。私は多くの消費者が無名のメーカーが作った商品を購入した要因の一つには、広告と小さく記載しているものの、記事と見間違うような体裁で、大手新聞の信用を逆手にとった紛らわしい広告を許し、かつそれに新聞社が便乗したことにもその責任がある。

 マスコミのいい加減さ、法整備の遅れは、本質的には全く今も変わっていない。
(2005.1.21)

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